九州ぐるり Ⅲ


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九州知ってますか?

胴体の幅何キロか?

頭から先までの距離

佐賀県

むずいでしょ。



胴体(長崎、有明海を除く)は約110キロ

高さは約330キロです。

泊まった場所に単4を立てましたが8本です

今日は霧島から熊本ですが通り越して激戦地

田原(バル)坂に向かいます



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資料館 弾痕跡ですが戦いは想像も出来ない激しさの様子


最新兵器と体制が整った新政府軍に対して

家康もかなわんと妥協した勇猛果敢な薩摩軍です


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一日30万発消費され弾丸どうしが衝突融合した遺物が沢山残されたそうです

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今はほとんど人の気配が無い場所が

歴史の一時に 

核融合の様な舞台となる

人間は革新の美名の陰に消滅するのでしょうね。





大牟田三池炭鉱

世界遺産候補とか


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超近代化された炭鉱は昔と大違い

エレベーターのランプはぐんぐん下り着底すると有明海の海底400メートルです


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鉱山の中は広く 素晴らしい機械が動いて見せてくれます


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石炭ストーブの小学生時代を懐かしんで一枚




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路面電車の先左右に広いアーケイドが伸びていてさしずめ

心斎橋 戎橋でしょうか とても天井も高くきれいな町でした


又ホテルも夕食も最高でした

中空の写真が室から


そして朝食

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これで廉いんだから

シーズンオフはシニア天国のよう

ごめんなさい。


明日は山越えで延岡です。

 







九州ぐるり Ⅱ


九州旅行は幹線道路が素晴らしい、と云うか空いている

ぐんぐんはしれる、が~・・・裏道に入るとサ~大変

ナビが示す通りに進むと鉛筆の先の様にどんどん道が狭まり

他人の庭先に出て仕舞う、や~~ どれだけ失敗したか

なんだよ ナビ 30分も谷底に下りてしまいせーまい道を泣きながら引き返した!!

最大一日350キロ走った 軽の道をクラウンで走る二種免持ってなきゃ出来ないぜ。

もう其のくらいで良いでしょう。

実はナビの立ち寄地の登録順を間違えて知覧飛行場を飛ばして

枕崎に着いてしまったのです。

今日は足を延ばして鶴の飛来地まで行く積りなので知覧は諦めました

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13回忌生きていれば107歳

80年前父が一番輝いていただろう場所

痕跡が在るだろうか

港の銅像は別な方でした

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大きな街です 通りの名前位に残されているかな?

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港では相当の顔だったと思います



ガソリンスタンドで資料館を訪ねると

分かり難いけど図書館なら、と地図を書いて教えてもらいます


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あちゃ! 良く観ると9時半から 時計は9時42分

堂々とドアを開け中に入るとメガネをかけた女性が 一時あって

今日駄目なんです だめ 

若いころどっかで聞いたな そのセリフ

年一度の本の整理日だそうです

老獪なセイルスマンは引き下がりません

題だけでも良いから見せて

表紙だけでいいんだ!!

・・・・・・・・

身持ちの良い田舎娘には勝てません

すごすごと階段を下ると先ほどのスタンドマンが軽トラでやってきます

分かりましたか?心配で駆けつけてくれたのです

良い人達です、親父も良い街で過ごした様です

親父の業績とは、どれ程の事だったのか

もうなんの意味の無いことにやっときずきました。



萬世陸軍航空基地

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三人乗り偵察機

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グラマンに撃墜され生還

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こうして送りだされたのですね

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吹上浜の砂丘に造られた特攻飛行場

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終戦4カ月で200名が飛び立ったそうです

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南薩摩の方々は皆あたたかい

雪がちらつく中何処で撮りましょうと あれこれ付きあって下さいました

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霧島茶畑の鹿児島空港

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観光客を乗せて 今日も沖縄の島々に飛び立ちます


その後迷路に捕まり鶴の飛来地は諦め

雪の中霧島温泉に向かいました


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ホテルの室より

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明日は大牟田熊本と廻ります











九州ぐるり Ⅰ


 かつて、弥生時代のはじめに朝鮮半島から移住してきた人々
が先住民である縄文人を滅ぼしたとする説が出されたことがある。
しかし、照葉樹林の広まりの考察から、その意見が的外れであること
がわかる。
 高層の住居が出土して話題をよんだ青森市三内丸山遺跡などの
縄文時代の有力な遺跡は、東北地方から北陸地方にかけて分布している。
 このことは、縄文人の生活圏が落葉樹林体にあったことを物語るものだ。
一年中葉が茂る常緑樹の森林に比べて、落葉樹の森林は人間が活動しやすい。
 カシ、シイの雑木林では、樹木が邪魔で狩りができないが、
冬の落葉樹が日本に広まっていたときに全国に広まり、照葉樹林帯の拡大に
追われて北方へと移動していった。
 弥生人は、照葉樹林帯になっていた北九州にきたが、そこは彼らにとって
稲作に適した最良の土地であった。
 それ以来、弥生人は照葉樹林帯に広まっていった。
 縄文人の中の水稲耕作を身につけたいと考えた集団は、照葉樹林帯に
出てゆき弥生人と同化した。

武光 誠著 日本地図から歴史を読む方法   河出書房新書より


此の事をふまえ九州の地形が成す旧蹟を訪れるのが楽しみだ


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天神橋五丁目辺りにその店はあった

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当たり前の事が当たり前になされる今時珍しい良い店だった

天ま橋の錦町市場をみて

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黒門市場に向かった

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大阪から宮崎はフェリー

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遠くに鳴門大橋を望む頃就寝

翌朝隣人一号さんに迎えられエリアへ

強風の為史跡見物に変更

かねてから行きたかったとのこうり城へ


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1335年足利尊氏に勲功を認められ伊藤祐持は日向一帯

300町を賜り1577年落城するまで一帯を支配した

700年も石垣の無い城が残るのはそれなりの理由があるのだろう

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どれぐらいの砦を築いたのかグーグル過去があればクリックしてみたい

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翌日午後からは青島に行った

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凄い地殻運動 日本中断層だぜ

翌朝からは一人旅 一日平均250キロ移動する計画

先ずは700年中央政府に逆らった嶋津家

都城盆地を訪ねる

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月曜日高城町郷土資料館は休館だった

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鹿屋航空基地の北東 四方に整然と道が並ぶ

何だろうと行ってみた

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茶畑や牧場が点在しているだけだった

桜島の噴煙が積もり平らな痩せた土地を改良したのかも知れない



鹿屋海上自衛隊航空基地


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特攻機 想像以上に多くの青年の名前が標されていた

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時間が余ったが出口が一つの桜島を車で周回する勇気が無い


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年寄りは島を観ながら足湯でくつろぐ

今日は鹿児島のビジネスホテルだ

つずく











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